川柳250年概史

 川柳は、1757年すなわち宝暦7年8月25日に、江戸の一角、浅草新堀端の天台宗・龍宝寺門前の名主であった柄井八右衛門が、川柳(せんりゅう)の号で前句附の開キを始めたことにより生まれました。
 初代川柳が点者(選者)として活躍した33年間を古川柳期と呼びますが
 子が出来て川の字形に寝る夫婦 寝て居ても団扇の動く親心
 かみな
りをまねて腹掛けやっとさせなど、人口に膾炙した句を生み出したのがこの時期で、呉陵軒可有により編まれた『誹風柳多柳』の出版を機に、その文芸性の素を獲得しました。 川柳や呉陵軒の死によって、一度危機を迎えたを川柳文芸は、初代川柳を慕う川柳作家連によって和笛評から句会として復興し、初代川柳の子が二世、三世川柳を継承、名跡を歴史に残します。
 このことにより、<川柳風>という初代川柳を始祖とする一派が形成されました。

狂句の時代
 二世川柳の頃から頭角を顕した眠亭賤丸こと八丁堀物書き同心・人見周助が四世川柳を嗣ぎ、それまで名前のなかった川柳風の前句附から独立した十七音詩に<俳風狂句>という名前を与えました。文政7年のことです。四世川柳は、狂句と名づけましたが、当時行われていた無名の文芸に名前を与えただけで、文芸の性格を定めたものではありません。四世川柳時代の天保狂句には、面白いものが多くあります。四世川柳が<東都俳風狂句元祖>を名乗ることにより、川柳は宗家を中心としたお家制度的色彩を強めます。
 川柳が2度目の危機を迎えるのは、天宝の改革による綱紀粛正、風紀の取締りにより芝居や絵師、出版などへの締め付けが行われたことによります。四世川柳は、公務に差し障りがあることを咎められ、川柳を隠退、佃島の魚問屋・水谷金蔵に五世川柳を譲ります。五世川柳は、三度も幕府から褒章を受けたほどの高潔な人柄で、川柳に枠をはめる「柳風式法」を定め、川柳のあるべき姿を強制しました。それまで自由闊達であった表現と作品のモチーフは制約を受け、言葉の表面的面白さを追求するだけのコトバ遊びへと堕落していきます。また内容も忠孝仁義などばかりを扱うようになり、川柳が教化の道具とされるようになっていきます。五世川柳は、俳風狂句を<柳風狂句>と改名しました。
 安政5年、五世川柳が亡くなると、その子が六世川柳を継ぎ、親の遺徳をさらに守り、川柳はさらに教化的色彩を強めます。六世川柳は、全国の作家を組織し柳風会を興しました。これにより、五世川柳の作り上げた「柳風式法」は金科玉条となり、川柳の内容はどんどん文芸という世界から離れるようになってしまいました。柳風会は、そのまま明治から大正へと十三代川柳まで営々と受け継がれますが、しだいにその勢力を小さく縮小してしまいました。

新川柳
 明治35、36年ごろから阪井久良伎という人物が、川柳を古川柳時代の素晴らしい文芸に戻そうという運動がはじまり、少し遅れて出てきた井上剣花坊と切磋琢磨しつつ、新しい川柳への革新運動が始まりました。たった一握りの人々で始まった新川柳運動は、野火のごとく全国へ広がり、5年も経たないうちに川柳宗家を中心とする柳風狂句は、傍流へと移り変わってしまいました。
 明治40年代には、それまでの川柳の客観的視点に加えて主観的視点で作句する新傾向川柳が生まれ、川柳が<詩>として認識されるようになります。さらに大正期から戦前にかけては、純詩的川柳と思想性をもったプロレタリア川柳を中心とする新興川柳運動が行われ、川柳の表現の視野は一気に幅広いものとなり、六大家と呼ばれる優れた指導者が東西日本に現れ、いよいよ川柳は黄金期を迎えます。
 一時、戦前戦中の思想弾圧により、川柳も翼賛化してしまいますが、戦後の復興期には、ふたたび川柳が自由な表現を取り戻し、女性作家の参加も増えて、一気に復活の勢いを早めました。
 昭和30〜40年代の六大家没後は、その薫陶を受けた川柳家たちが多くの吟社を興し、一種の川柳戦国時代の様相になりました。全国に雨後の筍のように生まれた川柳吟社は、ブームと呼ばれるほどの勢いとなり、川柳は定着したかに見えました。
 昭和50年代からは、いわゆる<現代川柳>という詩性に富んだ作品が作られたり、作家の個人的内面や情念をあからさまに表現するような作品も生まれます。
 昭和62年に始まった「サラリーマン川柳」の募集は、以後大ブレークをして、既成川柳界の外から多くの投稿者が生まれ、ふたたび川柳ブームに火がつきました。既成川柳の文芸性より、よく解って面白い川柳は、多くの共感者を得ました。これに乗じて「○○川柳」と何かの名前を冠する、いわゆる属性川柳が盛んになりました。あまりのブームに、企業の広報部などで選考する文芸としてレベルの低い川柳も現れ、これに異見をもつ既成川柳家も現れましたが、川柳人口が一気に倍増したことは、川柳という文芸にとって新しい可能性を示すものとなっています。
 そして、平成19年8月25日、川柳が始まってから250年の記念日を迎えようとしています。これまで、多くの作家が現れ、多くの作品を生み出し、また、多くの研究者が出て、川柳を学問の域まで高めてまいりました。
 平成19年は、川柳に因む者にとって特別の年となります。川柳愛好者の皆さん、ともに川柳発祥から250年を祝い、喜びを分かち合うとともに、これまでの長い川柳の歴史を振返って、先人の作品や苦労に思いを馳せようではありませんか。

 
 
 

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